最古参のウマが永眠しました

2023年3月21日午後8時ちょうど頃、看取りました。

17歳と10カ月でした。

在りし日のウマ。2015年ハロウィン。この頃10歳

この数年で腎臓疾患が悪化し、半年前に膀胱炎を起こした時の検査では腎不全ステージ3、膀胱に腫瘍があり、腎臓の片方は機能していないと言われました。

そうなると1年以内かなぁと覚悟していました。

でもその時の対処療法で元気を取り戻していたので、冬は越せるかなという期待もあり。冬は越してくれましたが、食欲はムラがあり、充分な量を食べれていないので子猫用カリカリや金のだしカップ、色んな味のちゅーる、おやつなど、とにかくカロリー高め、味の濃い物を与えて食欲を落とさせないように努めました(これは掛かりつけ医さんにも言われたので。腎臓には良くないんですが、それより何より食欲がなくなったら終わりなので…)

3月5日のウマ。風邪引かせないようお洋服着せてました

腎臓病は多尿になるので水分をしっかり取らせるのも大事です。ちゅーるやウェットフードは水分補給になるしお水は本当に頻繁に飲んでくれていました。そして1日8回以上オシッコ。しっかり量も出てました。

2月に年1の3種混合ワクチンを打ちに行った時2.5㎏あった体重は3月には2㎏切ってしまいました。徐々に食欲が落ちていき…3月16日。トイレで踏ん張る事が増えてきたので便秘かと思い病院へ。でもウンチは詰まっていませんでした。残尿感で踏ん張っているとのこと。つまり膀胱炎の再発です。

体重は1.88kgにまで落ちていました。

もう、あと1週間位かもしれない、とのこと。

血液を採らなくても、相当悪化したことが見て取れます。それにここまでガリガリになったウマちゃんから血を抜くのも望みませんし。

そして、強制給餌や補水をしたとしても1~2か月伸びるだけだと。

ならばこれ以上ストレスを与えることなく自然に逝かせてやりたいと私は思いました。

3月に入ってからトイレが失敗気味だったのでトイレ周りにペットシートを引き詰めていましたが、動きもヨタヨタで力が入らなくなってきてるので、可哀想ですが、おむつに切り替えました。

おむつをしていても、その日から3日間はトイレに行こうとしていました(そして途中で力尽きて横になること多し)できる限り手伝い、お水を飲むときも体勢を支えてあげました。食事は16日の朝まではカリカリも少量ですが食べれていたのに、以降はちゅーるのみになってしまいました。特に好きなエビやカニやイカ味を与えました。最後まで美味しいと思う物を食べていてもらおうと。

3月19日、ほぼ歩けなくなったウマ

お水を飲みに行くことも難しくなったので寝かせたままシリンジで与えてました。ちゅーるは、この日の午後には拒否するように。お口の中が痛いようなんですが、腎臓病由来の歯周病もだいぶ悪化していて口内炎と思われる出来物もあり…水も染みるみたいで嫌がるようになり、水くらいは飲ませてあげたくてちょっと困っていたところ、何度かお世話になったことのある別の獣医さんが20日に往診に来て下さり点滴で補水と栄養剤を入れてくださいました。抗生剤も注入で少し口内炎の痛みも良くなったかと。ウマちゃんは相変わらず寝たきりですが毛並みが艶々してきたので驚きました。この日までは小さいけど声を出して鳴き、何か訴えてきたりしていました。

生前最後のウマ。3月21日正午頃。

この日には殆ど鳴かなくなりましたが、名前を呼ぶとエアにゃーと尻尾パタパタ反応あり。つくづくウマの終末期に仕事が入ってなくて良かったです。この頃は付きっ切りでした。なるべく近くに居るようにして、離れて戻ったら声をかけ、そして尻尾の挨拶を確認して、まだ生きてる…ってホッとしてました。

夜。呼吸が少し苦しそうになってきて、今夜が山かも、と予感はしていました。

ウマの寝るベッドを足元に置き、私は椅子に座って時々様子見ながらテレビを視ていました。

呼ばれたような気がしてふとウマを見下ろすと、呼吸の起伏がなくなっているのです。

「ウマちゃん!ウマちゃん!」って声をかけて体をさすりました。

逝ってしまったのかなと思った瞬間、一度だけ「プフーッ」と鼻息を吐き、体がぴくぴくッと動いたんです。あ、大丈夫かな⁉って思ったんですが……それが最後だった。

虹の橋を渡ったウマちゃんのおてて

それからはもう動くことも呼吸することもなく、お腹のゴロゴロ音が少ししましたが、抱き上げて心臓が動いてないのを確認しました。まだ温かいのになぁ、って何とも言えない気持ちでした。

先住の茶男(ちゃお)を亡くした時、私が寝ている間に逝ったので看取れず、それを引きずっていたので、ウマちゃんの事は最後を見届けてあげられた点では良かったです。延命をしなかったことについても後悔ありません。病院より長年暮らした我が家でストレスなく自然に…と思っていましたので。

飼い猫の平均年齢は約15歳。ウマはもうすぐ18歳になるとこでしたから、人間で言うと90近いことになります。大往生です。よく頑張ったね。いい子だねって褒めてあげたい。

●ウマちゃんのルーツ

ウマちゃんは2005年6月末頃、小さなきょうだい3匹で江戸川の土手にいるところを私の親族が発見しました。彼女は3匹とも保護して我が家に連れてきましたが、当時の我が家の大黒柱は祖母でした。うちには既に猫が2匹いたので大反対。彼女は泣く泣く元の土手に戻してきたそうで。それを仕事から帰宅した私が聞いて、そんなことがあったの?!その子たち、もう一度保護してほしい!って頼んで、翌朝また土手に行ってもらって子猫たちを連れてきてもらいました。

その時には2匹しか見つからなかったとのこと…。

ハチワレの黒白子猫と、真っ黒な子猫の兄弟。その真っ黒い方がウマちゃんです。

ちっちゃくて可愛い1カ月半くらいのウマちゃん

2匹とも男の子でした。祖母には、里親を見つけるから!それまで保護させて!って説得して、なんとか2匹の子猫は置いてもらえることになり……しかしハチワレの兄弟は保護3~4日位で急死してしまいました。7月に入ったばかりでしたが日中30℃と、急に暑くなった日でした。熱中症かも知れません。でもウマちゃんは何ともなく元気だったんです。私が仕事から帰ったらもう亡骸になっていて、ショックでした。私が家にいられれば何とかしてあげられたかも知れなかったのにって、写真を見たり思い出すと、いまだに辛いです。

ウマちゃんは兄弟を失いましたが、うちの先住猫2匹の弟分として、元気に成長していきました(…ええ、はい、里親は見つかりませんでした…知人友人に声かけまくったんですが…今のような譲渡会もなかったですし)

先住の悟空とウマ。面倒見てくれてありがとう

そんなこんなで17年9カ月もウマは私と一緒に暮らしてくれました。

2010年夏に悟空が亡くなり、2014年秋に祖母が倒れ(その1年後に亡くなり)2015年夏に茶男が亡くなり…そして1年間は、ウマと私の2人だけの暮らしでした。その翌年、しん、せい、てんの三つ子が我が家に来てからは急に賑やかになり、あれよあれよと多頭になってしまい、総勢12匹に…!ウマの晩年は多頭によるストレスに晒されていました…。

あとから来た子たちと特に仲良くするわけでもなく、気に入らなければシャーして叩き、そして無視。お気に入りは私の膝の上。よく膝に乗ってくる子で、布団の中にもよく入ってきました。甘えん坊です。私が寝てると顔を叩いて起こしに来ました。それこそ亡くなる1週間前までは普通に階段を昇り降りして、枕元にも来ていたんです。なのでいまだに信じられない思いです。

●荼毘

今までの子はお庭に穴を掘って埋めてあげてたんですが、どうもそれは宜しくないらしい(生態系の乱れという意味で)のでウマちゃん以降は火葬しようと決めていました。

お骨はいつか私と一緒にお墓に入るか散骨でもいいんですが、お骨にして傍に置いておこうと思ったので野田市斎場で火葬にしてもらいました。これは市町村によりますが、野田市では人間用とは別に動物炉がありペット火葬をしています。

生花とお線香のご用意もありました

大好きなちゅーる、金のだしカップもお供え。

火葬するのは動物の本体のみで、包んでいたタオルや入れてきた段ボールはお持ち帰りになります。

体重計にウマの遺体を乗せて、そこでお別れです。

1㎏ちょっとしかありませんでした。悲しい…

「じゃあね、また後でね。迎えに来るからね」と言い残して、ロビーの方に戻って待ち、35分位経つと、終わりましたと声をかけられ、お骨を拾いに行きました。

年齢の割にはとてもしっかり骨が残っていました。ペットによってはボロボロになってる子も多いらしいです。癌だったりするとそうなるのかも…。

お骨は全て缶に入れて持ち帰り、ネットで見つけた可愛い骨壺カバーの中に収納しました。

ふわモコ。手触り最高です

斎場に運ぶ前にご遺体のおヒゲを左右1本ずつと、尻尾の毛を少々、あと爪を1つ切らせてもらってジップロックに入れ、それもお骨と一緒にこの中に入っています。

ウマちゃんはきっと今頃、若い元気な体に戻って、兄弟やお母さん、茶男、悟空、そして意外と可愛いがってくれた私の祖母と再会して楽しくやっていると思います!

もちろん私もいつか再会することを願って、ウマについての記事を終わりにしたいと思います。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA